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2009年11月30日 (月)

薩長土肥No.2

11月30日(月) ■ 薩長土肥No.2 ■
---No.1からのつつき(11/26)---

答えは技術と人材である。
幕末期の藩主・鍋島直正(のちの閑叟)がえらかった。
彼は藩主の座につくと藩政改革に乗り出し、
財政状態をよくし、西洋の技術をいち早く導入した。
科学技術の研究所のような施設を作り、
アームストロング砲などの最新式の武器の独自製造に成功し、
蒸気機関や蒸気船製造を完成させる技術を持つに至った。
当時不治の病であった天然痘のワクチン導入にも関わった。
また、教育にも力をいれ、
藩士は20代中頃までに全ての試験に通らないと役人にはなれなかったという。
所定の学業を修めることができなかった者に対しては、
先祖代々の家禄の8割が召し上げられるという決まりまであったとか。
世襲制のゆるやかな否定である。

このような背景から、
日本で随一の軍事力と技術力・人材を持つようになり、
鳥羽伏見以後の戦争では大いに活躍し、
その人材と技術力が明治政府内で重宝がられるようになったのである。
どちらが勝つか決着がつくまで中立を守り、
他藩が革命・政治に使ったエネルギーと金を自藩の人材と産業育成に使う。
その蓄えた力(技術力・軍事力・人材)を使って、
どちらが勝っても悪いようにはならないようにする。
佐賀藩に幕末の奇抜でするどい乗り越え方を見た気がした。
うーん、すごい。

そのうちこの立役者・鍋島直正を研究してみたいと思う。

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2009/08/11 23:00
ねるべぇか。
inオレンチ

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D091130
誰もいないベンチシリーズ。
福井にて。

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