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2010年12月13日 (月)

忠臣蔵逆恨み論 No.2

12月13日(月) ■ 忠臣蔵逆恨み論 No.2 ■
そもそも忠臣蔵、事件の発端は殿様(浅野内匠頭)が吉良上野介に切りつけたことに端を発する。
しかも江戸城内で。
これは、吉良が相当いやな奴で、ねちねち嫌がらせをして、
たまりにたまりかねた浅野が切りつけたというのが通説となっている。

なんという浅慮であろう。
オレはこの事件で一番悪いのはこの殿様だと思っている。
当時の江戸城内というのは政治と権力の中枢で、将軍の住居でもあるため相当神聖な場所。
今で言えば国会と永田町と首相官邸・公邸が一緒になったような場所なのである。
絶対王政の時代、そんなところで殺人事件を起こせばどんなことになるかわかりそうなものである。
いかに嫌がらせを受けいらいらしようとも、
耐えて耐えて耐え抜くのがトップたる殿様の務めである。

が、彼は刃物で切りつけた。
しかし吉良はやられるだけで応戦しなかった。
早い話が一方的な殺人未遂事件である。
背後にどんな理由があろうとも、
殺人未遂は殺人未遂である。
許されるはずがない。

結果、殿様は切腹、赤穂浅野家は断絶。
領地召し上げ、家来はみんな浪人となってしまう。
まあ当然っちゃ当然の結果なのである。

ちまたでは、
吉良が無罪でなんの罪も受けなかったのがよくない、
といわれるが、
吉良は刀を抜いていない。
そもそも喧嘩になっていないのである。
これは一方的な暴行であり、
吉良に罪を科すのはお門違いだと思う。

まあそんなわけで、
バカ殿様が悪いわけで、
吉良があだ討ちにあういわれはどこにもないと思うのだ。

次回は百歩譲って別の角度から。

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2010/12/11 19:05
土曜が終わる。
in福井city

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D101213
京都にて。

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