東海道中記

2010年12月12日 (日)

道中記:東海道No.13(沼津宿→原宿)

12月12日(日) ■ 道中記:東海道No.13(沼津宿→原宿) ■
[区間]:沼津宿→原宿
[歩いた日]:2010/04/11
[歩いた時間]:15:20-17:00
[距離]:5.9 km
[1日の距離]:11.7 km
[日本橋からの距離]:123.9 km

さて、三島宿からの続きの沼津宿。
この区間の見所はなんと言っても沼津宿。
沼津宿をでると次の原宿まではあまりなにもないので、
時間があるならば沼津宿に時間を割きたいトコ。

その沼津宿。
元は城下町らしく、
それらしい案内板や史跡に触れることができる。
東海道自体も城下町を行った由縁か、
狭い道を曲がりくねって複雑に入り組んでいる。

狩野川沿いに県道を歩いていると、
一本左に道を入る(地図は三島→沼津参照)。
この通りは城下町をモチーフにしたお洒落な通り。
右手が中央公園になっていて、
こいつが元沼津城本丸跡。
その後もう一度左に折れて若干南下。
このあたりから沼津市街の中心地になる。
その後左折右折を何回か繰り返し、
大きな県道に入ると後は原宿まで一直線。
沼津の宿もおしまい。

その後、浅間神社とお寺が少しあるが、
基本的には何もなくひたすらテクテク。
大きな県道(新東海道)を横切り、
大きな鉄路(東海道本線)を横切り、
古い町並みをただひたすら行くと、
神社やお寺がいくらか見られるようになり、
さらに行くと原交番の文字。
おそらく原宿はこの辺だったんだろうなー。
古い感じで雰囲気はある。

さらにちょっと行くと原駅入口の看板があり、
東海道もここでおしまい。
雨が降りかけていたのもあり、
今日はここまでにすることにした。
次はいつになるだろうなー、東海道散歩。

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2010/12/04 19:26
つかれた。
inオレンチ

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より大きな地図で 東海道No.13-(沼津宿→-原宿) を表示


Toukai131 狩野川を眺めてみる。


Toukai132 整備された城下町の道


Toukai133 原についたー




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2010年12月 5日 (日)

道中記:東海道No.12(三島宿→沼津宿)

12月5日(日) ■ 道中記:東海道No.12(三島宿→沼津宿) ■
[区間]:三島宿→沼津宿
[歩いた日]:2010/04/11
[歩いた時間]:13:30-15:20
[距離]:5.8 km
[1日の距離]:5.8 km
[日本橋からの距離]:118.0 km

今回は実に1年ぶりの東海道中。
昨年期せずして福井へ転職となったため、
東海道からは遠く遠ざかっていたのだが、
やろうやろうという気は常に持ち続けていた。
で、ちょっと忙しさから開放されたので、
今回続きをやる運びとなった。
ただ久しぶりなので体力にやや自信なし。

さて、今回の区間は小田原→箱根→三島と比べるとやや初心者向けなコース。
距離も短いし、高低差もなく比較的平坦。
しかも三島の町は古きよき町並みが残っていて、
東海道を抜きにしても楽しい。

そんな東海道。
今回は本町の交差点からスタート(春先なら桜がきれいだから少し前の三島大社スタートでもいいかも。)。
このあたりは昔の三島宿内。
歴史を示した史跡やら案内板やらが建つ。
ちょっと行くと小さな川があり風情がある。
さらに伊豆箱根鉄道の踏切を越えてずんずん行くと、
三島宿もおしまい。
沼津の宿を目指すことになる。

しばらく行くと出てくるのが一里塚。
伏見の一里塚というらしく、両側にある。
きれいなほうは作り直されたものらしいが、
当時の一里塚はこんな感じだったのかなー、
なんて思わせてくれる。

さらにてくてく行くと黄瀬川の橋へ到着。
コイツをわたると沼津市に。
ちょっと進んでちょっと大きな県道と合流すると、
左手から大きめの狩野川という川が登場。
この川に沿ってしばらく進むとそこは沼津宿。
沼津水野家5万石の城下町でもある。
ちなみにこの沼津水野家は天保の改革で有名な水野忠邦の水野家とは別物。
水野忠邦は三河吉田→岡崎→唐津→浜松→山形と転々とした山形藩系水野家の出。
まあどちらも源流は刈谷を拠点とした戦国時代の祖に由来するのだが。

三島からの距離があまりなかったので、
今回はさらに次の原宿を目指すことに。

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2010/12/04 16:52
土曜日の執筆モード。
inオフィス

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より大きな地図で 東海道No.--12(三島宿→沼津宿) を表示


Toukai121 三島駅から東海道までは少し距離がある。


Toukai122 三島宿で見つけた本陣跡の碑。


Toukai123 伏見の一里塚のひとつ。
上に立っている木が榎。
当時の一里塚にはみんな榎が植わっていたという
このくらい旧街道を歩いていると、
この一里塚を距離把握に使うようになる。

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2010年11月26日 (金)

道中記:東海道No.11(箱根宿→三島宿)

11月26日(金) ■ 道中記:東海道No.11(箱根宿→三島宿) ■
[区間]:箱根宿→三島宿
[歩いた日]:2009/02/21
[歩いた時間]:14:30-20:00
[距離]:14.7 km
[1日の距離]:14.7 km
[日本橋からの距離]:112.2 km

前回の小田原→箱根に続いて今回も山歩き。
今回は下りと関所超えに挑戦。
この区間は箱根の峠からかなりの区間で当時のままと思われる旧道を歩く。
昔の峠道の雰囲気を味わうことができるが、
車道との交わり・連絡が少ないので、
日没・エネルギー切れには注意したい。

では東海道中スタート。
今回は元箱根の大鳥居がスタート地点。
芦ノ湖を横目に国道を少し行くと街道は国道と別れて旧道へ。
この旧道、立派な杉並木になっていて雰囲気がすごくよい。
箱根の観光客もたくさん往来しておりにぎやか。
当時もこんな感じだったのかな~、
なんて思いつつしばらくいくと、
やってきました箱根関所跡。
当時は恐れられていた関所も、
今は資料館として旅人を楽しませてくれる。
じっくり見たかったが、
うかうかしていると途中で日が暮れてしまうので早々に街道復帰。
先を急ぐ。

この先、少し国道と合流した後、
本格的な山道へと入っていく。
この区間、地図で見るとほぼ一直線。
つまり、急な坂道を連続的に降りていくことになる。
道は近代的に整備させている感がほとんどなく、
石畳に両脇は背の高い草むらや杉の木。
時々記念碑とかが出てくるも、
基本的に変わった見ものはなく、
ただひたすら当時の坂が続く。
接待茶屋を過ぎて石原坂から大枯木坂、小枯木坂と進むと国道に合流、山中城跡がある。
さらに行くと再び旧道に入る。
この旧道、少し行くとものすごく眺めのよい場所に出る。
三島の町が一望でき、海も見渡すことができてまさに絶景。
大喜びで写真を撮影。
後で知ったのだが、
このあたりには芭蕉の句の碑があったらしい。
どうりで、ね。

さらに行くと左に笹原一里塚。
復元されたのかどうかちょっとわからないが、
かなり立派で、史書で呼んだ通りの形だった。
その後旧道もついに舗装道路に。
ただ、ここいら辺が一番の急坂。
なんじゃこりゃ!と思うほど急である。
そこを下りきると国道に合流、
人里間のある集落の中を行く。
ちなみにこの辺から見える富士山は夕暮れ時ということもあってかものすごくきれいだった。

旧道は再び国道と別れ、小時雨坂・大時雨坂と進み、
最後に臼転坂へ。
この臼転坂、例によって近代的な香りの全くしない山道。
日が暮れていたのでちょっとどきどき。
これを過ぎ、
舗装道に変わった旧道をしばらく行くと国道と再合流。
坂もずいぶんゆるやかになり、松並木も復活。
錦田一里塚を少し過ぎたところでまた国道とお別れ。
旧道の両脇もずいぶん街っぽくなり、
東海道線の踏切を越え、新町橋をわたれば、
そこはもう三島宿。
三島大社を横目に三島の古い町並みを楽しみつつ、
三島駅への分岐点へと到着。

もっとじっくり三島を歩きたいなー、と思えども、
終電の時間が差し迫っていたため、
泣く泣く三島をあとにした。

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2009/02/27 23:50
ねよう。
inオレンチ

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より大きな地図で 東海道No.-11(箱根宿→三島宿) を表示


Toukai111 道はこんなうっそうとした感じ。



Toukai112 この景色、芭蕉もうなったに違いない。



Toukai113 だんだん富士山が近くなってきた。


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2010年11月18日 (木)

道中記:東海道No.10(小田原宿→箱根宿)

11月18日(木) ■ 道中記:東海道No.10(小田原宿→箱根宿) ■
[区間]:小田原宿→箱根宿
[歩いた日]:2009/02/07
[歩いた時間]:14:00-19:30
[距離]:16.5 km
[1日の距離]:16.5 km
[日本橋からの距離]:97.5 km

今年(追記(2010/11/03): 2009年当時のことね)に入って初の東海道。
いよいよ箱根越えに挑戦です。
本当はもう少し早く出たかったが、
諸事情から14時の出発。
しかしこれが失敗。
もしこの区間を歩く予定の人がいたら11時以前には出発したいトコ。

この区間、小田原~箱根湯本~畑宿~元箱根と歩いていくことになるのだが、
醍醐味は後半に多い。
そして湯元から先は厳しい坂道や階段の連続なので、
平地と比べると距離の割に時間をとられるので注意が必要。
もちろん昔から難所と呼ばれるだけあって体力も相当いる。

さて、では出発。
小田原~湯元までは割りと平坦な道を行く。
小田原の宿内と出てすぐのところでは国道1号を何回か離れるので見落とさないようにしなければならない。
小田原宿内は町ごとに歴史を記した碑が建っているのでおもしろい。
東海道線、東海道新幹線のガードをくぐるといよいよ小田原の宿をあとにする。

この先、湯元までは特に変わったものはなかった。
一里塚跡があると本にはあったが、
今回は見つけることができず。

湯元の駅が見えてきたあたりで国道1号とお別れ。
旧道の県道へと入る。
ここからいよいよ山登りの始まり。

しばらくは人里の中を坂道が行く感じ。
民家あり小学校ありの中をどんどん登っていく。
さらにどんどん登っていくとやがて人里は消え、
温泉施設が多くなる。
道の両脇の側溝からは湯煙が上がっていてすごくよい雰囲気。
少し足を止めて立ち寄り湯なんてぇのもオツ。

しかしさらに進んでいくといよいよ人気がなくなってしまう。
ただただ緩やかな坂を歩く。
しばらく行くと旧東海道は県道から離れて山の中へ。
割石坂という道がそれ。
その名の通り石を置いて足元を舗装した道。
石と石の割れ目が排水路となる仕組みらしい。
江戸時代に作られた箇所もあるとか。
その割石坂もしばらく行くと県道と合流。
そして山の中間地点「畑宿」に着く。

この畑宿、
寄木細工のお土産屋さんがたくさん集まっている。
オレが来たときは夕方でもう閉まっていたが、
もう少し早く来れば寄木細工を楽しめたに違いない。
そしてこの畑宿で再び山中の道に入る。

この後、山中の道と県道歩きを繰り返しながら元箱根を目指していく。
車だとヘアピンカーブを遠回りしながら登っていくが、
歩道は違う。
ヘアピンカーブをショートカットするように、
一直線に階段で上っていくのよ。
かしの木坂というそうで、
そのそびえ立つ階段にうんざりするほど。
さらに進むと甘酒茶屋と箱根旧街道資料館があり、
ゴールはもうすぐ。
このあたりからさらに山中に道に入り、
しばらく行くと元箱根に到着。

もっと早く来ていたら山道と名所をもっと楽しめたに違いない、と、
やや後悔の残る箱根路であった。

しかし江戸時代の人たちは関所のある箱根で泊まることをキライ、
小田原宿のあとは三島宿で泊まることが多かったという。
すごいなぁ、と、激しく思うわけです。


追記:この物語には裏道中記もあります。
よかったらどうぞ。

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2009/02/09 17:55
意外と快復は早かった。
inオレンチ

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より大きな地図で 東海道No.-10(小田原宿→箱根宿) を表示
この地図を見ると、オレもすごいことしてるなーと思う。


Toukai101 箱根湯本駅が見えてきた。
ここから左の旧道に折れる。

Toukai102 箱根の人里を行く。
雰囲気がよい。

Toukai103 後半戦、このシリーズが増える。
極端に。



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2010年11月 5日 (金)

道中記:東海道No.9(大磯宿→小田原宿)

11月5日(金) ■ 道中記:東海道No.9(大磯宿→小田原宿) ■
[区間]:大磯宿→小田原宿
[歩いた日]:2008/12/28
[歩いた時間]:14:30-19:00
[距離]:15.6 km
[1日の距離]:15.6 km
[日本橋からの距離]:81.0 km

昨日に引き続きの東海道散策。
足が若干痛いのとスタートが遅いのとが気になったが、
年内に小田原まで行っておきたかったため敢行。
おかげで満身創痍となるハメに。
かなりしんどかった。

この区間のみどころはなんと言っても大磯宿周辺。
静かでどこか文化的な街並みが魅力的。
海岸線に平行した国道をゆくので、
一歩道を入れば浜辺に出られるのもうれしい。

で、今日も元気よくスタート。
スタート後最初に目にするのが本陣跡。
そしてさらに伝統・由緒ある石やら寺やらが続々。
少し行くと鴫立庵(しぎたつあん)。
ここは遠く江戸時代に建てられた草庵で、
日本三大俳諧道場とされるところ。
中には入らなかったが外見はものすごく風流。
鴫立庵をでてしばらく行くと「島崎藤村旧宅」の文字。
指示に従って大通りから路地に入っていくと、
あったあった旧宅。
一見なんの変哲もない古い日本家屋なのだが、
そこは藤村が晩年を過ごした家、
ものすごく風情がある。
オレもこんな書斎がほしいなぁ~、と思いつつ、
旧宅をあとに。

その後しばらくは平坦な国道。
国府本郷の一里塚、二宮駅前、押切坂一里塚跡を経て国府津駅前を通過。
この先がややしんどかった。
何がしんどいって、
この先ほとんどコンビニがないのだ。
おかげで途中からおしっこのガマン大会。
もしこの区間を歩く予定がある方は、
国府津までに済ませてしまいましょう。

2時間弱、ガマンと疲れにヘトヘトになりながら、
よーやく小田原宿の入り口、見附に到着。
今日はここまで。
あまりの疲労困憊さに、
バスで小田原駅へと向かいました、とさ。

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2008/12/31 11:52
んー。
inオレンチ

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より大きな地図で 東海道No.9(大磯宿→小田原宿) を表示


Toukai91 これは藤村の家。
この辺一帯は古い落ち着いた雰囲気を持つ
鎌倉みたいな雰囲気に似ているか。


Toukai92 小田原の江戸方見附付近。

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2010年10月27日 (水)

道中記:東海道No.8(平塚宿→大磯宿)

10月27日(水) ■ 道中記:東海道No.8(平塚宿→大磯宿) ■
[区間]:平塚宿→大磯宿
[歩いた日]:2008/12/27
[歩いた時間]:17:00-18:00
[距離]:2.9 km
[1日の距離]:16.6 km
[日本橋からの距離]:65.4 km

藤沢→平塚の疲れを引きずりつつ、
距離が短いからともう一区間進むことに。
この区間はあまりにも短いため、
出発前は道中記なんかかけるのかと心配していたのだが、
この区間、なかなかよかった。
昔のままなのか再現なのかはよくわからないが、
当時の雰囲気をすごく残している区間があった。
ここまでの区間では一番昔っぽいかも。

さて、まず平塚の宿。
見附を入ると史跡がたくさん。
本陣跡やら高札場跡などを楽しめる。
上方見附跡を出ると宿場町はおしまい。
ここから国道に入るが、
ちょっと行った大磯一里塚当たりで旧道入り。
このあたりは化粧坂と言ってなんらかの由来があるっぽかったが、
日が暮れて暗すぎて説明が読めず。
ここからの旧道が前述の東海道の雰囲気を残したステキなトコ。
この区間はJR東海道線が道を分断しているため、
車は通り抜けることができない。
これが幸いしてか、
本当に江戸時代を思わすような情景。
立派な松並木が道の両脇からそびえている。
道の両脇には民家があるのだが、
松並木であまり見えず、
道幅もあまり当時から変わっていない印象。
アスファルト舗装さえなければもう気分は江戸時代。
車がほとんど来ないので、
道の真ん中を歩きながら本当によい気分。
ここを見るためだけでも来る価値があると思う、ホント。

そんな旧道もしばらく行くと国道と合流。
ちょっと行くと大磯駅への分岐点。
というわけで今日はこれまで。
小田原は近い。

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2010/10/23 12:49
足が少し痛い。
in横浜別荘

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より大きな地図で 東海道No.8(平塚宿→大磯宿) を表示


Toukai81 残念ながら平塚出発直後がこの闇。
雰囲気のいいところは暗すぎて写真にできず。

Toukai82 大磯到着~。
疲れた。

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2010年10月20日 (水)

道中記:東海道No.7(藤沢宿→平塚宿)

10月20日(水) ■ 道中記:東海道No.7(藤沢宿→平塚宿) ■
[区間]:藤沢宿→平塚宿
[歩いた日]:2008/12/27
[歩いた時間]:13:00-17:00
[距離]:13.7 km
[1日の距離]:13.7 km
[日本橋からの距離]:62.5 km

実に1ヶ月ぶりの東海道中。
JR藤沢駅から、少し離れた遊行寺橋に移動し、スタート。

この区間はほとんどが大きな道路を歩くことになる。
このため古道を行く的な楽しみ方はできないが、
松並木が多く残っており、
そこに旧道の面影をしのぶことができる。

遊行寺橋をスタートするとしばらくはやや狭くて古くさい国道をゆく。
遊行寺橋からしばらくは旧藤沢宿の中。
このため、本陣跡や問屋場跡などの史跡を楽しめる。
しばらく行くと上方見附跡があり、
ここで藤沢の宿もおしまい。
見附は江戸方と上方の2つがあり、
宿場町の境界に設けられた門のようなものらしい。

藤沢宿を出て引地橋をわたるとしばらくは普通の幹線道が続く。
地図で見たときはちょい退屈そうだなぁ、と思ったが、そんなことはなかった。
前述の通り松並木が散在しており、
実に雰囲気がよいのだ。
江戸時代はこん感じだったのかなー、
なんて考えさせてくれる。

ワインで有名なメルシャンの工場を横目に見つつしばらく行くと茅ヶ崎市入り。
立場(宿場と宿場の間にあった道の駅的な施設)跡があったり茅ヶ崎一里塚跡があったりとおもしろい。
さらに進んだところにある鳥井戸橋付近は見もの。
通常東海道では上方に向かって右に富士山があるのだが、
ここは珍しく左に富士山を望むことができる場所。
南湖左富士として古くから親しまれてきたらしい。

夕暮れの相模川を楽しみつつ平塚駅を越えるとよーやく平塚見付跡があり平塚宿入り。
江戸を出て初の10キロ超えな区間でやや疲れが見えるも、
次の大磯へ向けて出発。

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2008/12/27 12:13
お腹すくすく。
in横浜別荘

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より大きな地図で 東海道No.7(藤沢宿→平塚宿) を表示


D10102002 茅ヶ崎一里塚あと。


D101020 有名な左富士。

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2010年10月 3日 (日)

道中記:東海道No.6(戸塚宿→藤沢宿)

10月3日(日) ■ 道中記:東海道No.6(戸塚宿→藤沢宿) ■
[区間]:戸塚宿→藤沢宿
[歩いた日]:2008/11/23
[歩いた時間]:11:30-14:00
[距離]:7.8 km
[1日の距離]:7.8 km
[日本橋からの距離]:48.8 km

この日は天気がよくて気持ちがよかった。
前回の終点戸塚駅前の開かずの踏切よりスタート。
この区間はセマイ国道1号が主体。

戸塚の宿場町の大半は前回の散策でほとんど終わっており、
ちらほらある宿場町っぽいものを過ぎるとすぐ「上方見附跡」がやってくる。
これはこの宿場町の上方(大阪方面)の終端を示すものらしい。
見附までの区間に沢辺本陣跡の碑が建っているのだが、
その跡地には同名の表札がかかった民家がある。
本陣の経営者の末裔が住んでいるのかなぁ。

その後はゆるやかな上り坂が続く。
前区間の権太坂ほど急ではないが、
その分距離が長く感じた。
上りきるとしばらく高台を歩くことになるが、
ここはかなり眺めがよくて楽しい。

写真をパシャパシャ撮りつつしばらく行くと、
歩いていた国道1号が藤沢バイパス(自動車専用道)に。
歩行者が歩くスペースがなくなってしまった。
道路案内板はここで県道30号に入ると「藤沢」となっていたが、
手持ちの地図を見るにどうも要領を得ない。
迷いに迷った挙句、
「え~い」と県道30号に入ったのが吉。
手持ち地図とは違う名前の坂の出現にどきどきしながらも、
しばらくすると一里塚が出てきてどうやらルートは間違っていなかったよう。

坂を下りきると寺やら神社やら古い橋やらが出現し、
無事藤沢の宿入り。
と、今日はここまで。
ルートを外れてちょっと離れたJR藤沢駅へ向かい、
駅の近くのカフェでこれを書いているわけ。

連続して次の平塚を目指すのもよいが、
ここは江ノ島が近いので、
ちょっとルートを外れてそっちで遊ぶのも悪くないかも、
なんて考えているところ。

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2008/11/23 15:04
そろそろ行くかー。
in藤沢のカフェ

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より大きな地図で 東海道No.6(戸塚宿→藤沢宿) を表示


D101003 戸塚宿にあった本陣跡。


D10100302 この区間は景色がよい場所も。




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2010年9月27日 (月)

道中記:東海道No.5(保土ヶ谷宿→戸塚宿)

9月27日(月) ■ 道中記:東海道No.5(保土ヶ谷宿→戸塚宿) ■
[区間]:保土ヶ谷宿→戸塚宿
[歩いた日]:2008/10/19
[歩いた時間]:15:20~17:40
[距離]:8.8 km
[1日の距離]:8.8 km
[日本橋からの距離]:41.0 km

今日のスタートは保土ヶ谷宿。
しかし朝からどうも天気がすっきりしない。
道中雨にやられるのはイヤだと様子見しているうちにいつの間にか昼過ぎ。
天気が崩れないように祈りつつ、
午後も少し過ぎてから旅に出た。

この区間、歩いているうちに知ったのだが、
江戸を出て初めての難所で、
その難所たるや箱根につぐのだそう。
地図上では国道に平行しているように見えるのだが、
ものすごく高低差がある。
道は小道が中心でいくつもの坂を行かねばならない。

保土ヶ谷駅から商店街の旧道に入ると、
すぐ東海道線の踏み切りを越える。
少し行くと国道と合流ししばらくは一緒に北上。
このあたりは旧保土ヶ谷宿の上方側。
本陣跡とか史跡の案内板がたくさんあっておもしろい。
しばらく行くと再び国道と別れる旧道へ。
このあたりは旧道がくねくねとしているが、
よく見ると案内板が出ているのでうれしい。

東海道線とともに少し歩き、
つきあたりを左、西に向かいだすといよいよ難所の登場。
まずは権太坂。
坂の名前を聞かれた老人が、
勘違いして自分の名前を答えたのが由来だとか。
これは結構きついのだが、
上にはよい眺めが待っている。
上り終わったところに少しだけ史跡やら説明やらがあって、
ここからは下り。
焼餅坂。
しかし坂はその後一転して上りに変わる。
しばらく行くと品濃一里塚が両側にある。
ここはほぼ当時の姿で残っているらしく、
当時の東海道の面影を感じることができる。
ここを過ぎると再び坂。
今度は品濃坂というらしい。
これを下るとようやく坂はおしまい。

しばらく小道を行き国道と合流すると戸塚の宿も近い。
増田家のモチの木というたいそうな木を目印に左に折れ、
再び国道にくっつくとようやく江戸方見附跡が見えてくる。
ここからが戸塚の宿ってこと。
吉田大橋をわたって無事戸塚駅に到着。

難所で疲れたので今日はここまで。



【追記:2010/09/27】
ノートに書き溜めてあった道中記、
これから少しずつアップしていきます。
数年前に始めた東海道散歩、
実はちょっとずつ進んではいるのです。

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2008/10/19 19:00
つかれた。
in東海道線

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より大きな地図で 東海道No.5 (保土ヶ谷→戸塚) を表示


D100927 不意に出てきた一つ目の坂。


D10092702 坂だらけの区間だった(>_<)


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2009年3月 9日 (月)

道中記:東海道4(神奈川宿→保土ヶ谷宿)

3月9日(月) ■ 道中記:東海道4(神奈川宿→保土ヶ谷宿) ■
[区間]:神奈川宿→保土ヶ谷宿
[歩いた日]:2008/10/18
[歩いた時間]:17:30~19:30
[距離]:4.9 km
[1日の距離]:14..6 km
[日本橋からの距離]:32.2 km

この日は川崎→神奈川も歩いておりやや疲れていたのだが、
神奈川→保土ヶ谷はたった5km強。
どうせだから歩いてしまおうと強行進軍。
この区間、短いわりに結構濃い。
道もほとんど旧道でナカナカおススメ。

神奈川駅を出て青木橋を渡るとすぐ小道に入る。
ここがわかりずらい。
青木橋から直進する小道があるがこれではなく、
国道を横浜方面に少しだけ行ってから右に入るのが正解。
今回はよく迷うなぁ。

道の左側には眼下に横浜の街が見えるが、
実は全部海だったらしい。
旧東海道はその海岸線に沿って進む。
江戸時代から続く料亭なんかがあってよい雰囲気が続く。
この料亭、広重の絵にもしっかり描かれていたりするからおもしろい。
この辺りは少し坂になっており、横浜の街より一段高く、
高級住宅街になっており、これがまたよい感じ。
オレもいつかこんなところに住みたいなぁ。

なーんてことを考えながらしばらく進むと、
いったん国道に入り今度はすぐ商店街のある旧道に入る。
すぐに閑静な住宅街に変わり、しばらく行くと浅間神社。
浅間神社を通り過ぎさらに行くとまた商店街に入る。
ここもまたいい感じ。
この通りは品川とは違ってカフェが多い。
うまそうなにおいも漂ってきてオレのお腹も限界へと近づく。

そうこうしているうちに相鉄の天王寺駅。
さらににぎやかな通りを行くとJR保土ヶ谷駅に至る。
せっかくだから保土ヶ谷宿の旧中心街まで足を伸ばしてみる。
目標は問屋場跡。
すると左に洋品店っぽい店。
店先に東海道タオルと手ぬぐいなるものを見つけよろこんで購入。
店のおばあちゃん曰く、
よく売れるので包装が間に合わないとか。
同類は意外と多いってことか。

その少し先で目標の問屋場跡を見つけ今日はおしまい。
やや疲れたなー。

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2008/10/18 21:05
ホント疲れた。
in横浜BECK'S

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D090309
なんと!
暗すぎたせいで写真がこれしかない(笑)


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